海洋瑣談(No.14、2025年7月15日)
先月(2025年6月)の19日、時事通信社のウェブサイトJIJI.COMに「パリAFP=時事」のクレジットで「気候変動、未知の領域に 著名科学者グループが警告」との見出しを持つ記事が掲載された(参考URL-1)。
この記事のリードは次のようなものであった。「温室効果ガスの排出から海面上昇、地球温暖化に至るまで、主要な気候変動指標の変化のペースと水準はすべて未知の領域に至っていると警告する論文を著名科学者グループが19日、発表した。」
見出しもリードも刺激的な内容なので、この論文はいったいどのような内容なのだろうか、著名科学者グループとはどういう人たちなのだろうか、と思い調べてみた。その結果、この論文はこのタイミングを見計らって出したものではなく、毎年出している「レポ―ト的」な、「年次報告書的な」なものであることがわかった。論文は、『Earth System Science Data』という学術誌に、6月19日にオンライン掲載された。
論文の題名は「Indicators of Global Climate Change 2024: annual update of key indicators of the state of the climate system and human influence(全球気候変化の指標2024年:気候システムの現状と人間の影響に関する重要指標の年次更新)」というものである。2022年版から毎年公表されており、今回の記事で取り上げられた2024年版は、このシリーズ3本目の論文である(参考文献1~3)。
著者は約60名でヨーロッパや米国からの参加者が多いが、アジアからもインド、中国、韓国、日本の研究者が各1名ずつ参加している。ちなみに日本からは、気象研究所の石井正好博士が名前を連ねている。ところで、今回の2025年論文の著者について気になる点があるのだが、それについては後述する。
この論文の出版の目的は最初の論文に記されている。すなわち、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)が公表している評価報告書(Assessment Report:AR)は5~10年の間隔であるので、温暖化が加速している現在、科学的知見に基づいた対策(政策)の策定には最新の情報が重要となる。そこで、2021年に公表されたIPCC-WG1(第1作業部会:気候変化の科学的根拠)-AR6(第6次評価報告書)と同じ手続きを採用して、いくつかの重要な気候変化についての指標を毎年更新し、それらを迅速に公表しようというものである。そのため、多くの国々と研究機関から、多くの研究者の参加が必要となっている。
論文では、ここには述べないが、今回得られた気候変化指標を2021年公表のAR6の指標とを比較し、ますます人間活動の影響が増大していることがわかった、と結論付けている。これらのことを踏まえて記事では、「気候変動、未知の領域に」という見出しの表現をとったのであろう。ちなみに元となった英文の記事の見出しは、「Warning signs on climate flashing bright red – top scientists(気候についての警告サインが真っ赤に点滅-トップの科学者たち-)」というものであった(参考URL-2)。
さて、先に論文の著者について気になる点があると書いた。先の論文と今回の論文の米国の著者の交代のことである。2023年と2024年に出版された論文には、それぞれ7名のアメリカ国内の研究所や大学に籍を持つ研究者が参加していた。ところが、今年出版された論文では5名になり、この5名のうち継続して参加しているのはたった1名であった。残りの4名は新しい参加者で、いずれも米国以外の国の出身であり、アメリカの研究所と自国の研究所の双方に籍を持っている研究者であった。結果としてNOAA(国立海洋大気庁)やNASA(国立航空宇宙局)に所属している現役の参加者は、たった1名(インド出身でNOAA所属の方)となった。
今回の論文で著者から外れた米国の研究者に、私がこれまで何度か研究集会などでお会いしているNOAA国立環境情報センター所属のTim Boyer博士がいる。米国ではこの1月にDonald Trump氏が大統領職に就いた。就任後、Trump氏は、地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」から離脱する大統領令に署名した(実際の脱退は通告から1年後)。また、気候の変化を監視し、将来予測を含めて研究を進めているNOAAやNASAの経費の大幅な削減を行い、同時に研究者を対象とした人員の大幅な削減も行った。
このような動きの中でNOAAやNASAの研究者は、今回の論文への参加は組織内での自分の立場を危うくするとの懸念を持ったに違いない。米国の参加者が大幅に交代せざるを得なかったのは、とても残念なことであるし、米国内で顕在化した反科学的な風潮の蔓延に私は深く憂慮する。米国が地球温暖化の研究を自由に行える状況へ一刻も早く復帰することを切に願うものである。
【参考文献】
【参考URL】