海洋瑣談(No.17、2025年10月15日)
先月(2025年9月)19日(金)の新聞やテレビで、日本人研究者が19年連続してイグノーベル賞を受賞したことが報じられた(例えば、参考URL-1)。牛をシマウマのように白黒模様に、すなわち「シマウシ」にすると虫を寄せ付けない効果を持つ、との研究に対して「生物学賞」が授与されたのである。
受賞者は現在農業・食品産業技術総合研究機構に所属する児島朋貴さんたちで、愛知県農業総合試験場時代の2019年に「PLOS ONE」に発表した論文が認められた(参考文献—1)。この論文は2017年から18年にかけて京都大学の研究者らとともに行った研究成果をまとめたもので、11名の共著論文として公表された。児島さんは“課題設定著者(conceptualization author:いわゆる責任著者の立場)”である。
シマウマの体表はどうして縞模様なのかについてはいろいろな説があるのだそうだが、結果的に害虫(吸血昆虫)を寄せつけないという効果がある、との先行研究があった。児島さんはこれに着想を得て、白黒の縞模様を黒毛和牛に描いたところ、確かに寄ってくる虫は半減し、しっぽを振るなどの忌避行動も少なくなったのだという。なお、塗ったペンキの匂いのせいではないことは、黒いペンキを塗った牛も実験に加えて観察し、そうでないことを証明した。
この実験結果から、シマウシにすると牛のストレスを低減するとともに、虫刺されによる感染症を防御する殺虫剤の使用も減らせるという利点があることが分かったのである。しかし、白黒模様は数日で消えてしまうため、長期に模様を維持する技術の開発が望まれるとのことである。
イグノーベル賞の授賞式は9月18日(現地時間)に米国マサチューセッツ州のボストン大学で行われた。受賞者はユーモアに富んだスピーチをするのが慣例である。児島さんは共著者の持つ虫たちに邪魔される中でスピーチを始める。しかし、虫があまりにもうるさいので、スピーチ途中でスーツを脱いで白黒縞模様のシャツを見せたところ、虫が去りスピーチを続けることができたとのパフォーマンスを行い、会場を沸かせていた。この授賞式様子はYouTubeで見ることができる(参考URL-2)。
さて、実は4年前に、このシマウシ効果の研究はイグノーベル賞を受賞できるテーマではないかとエッセイに書いていた。というのも、次のようなことがあったからである。
2019年の論文発表後、国内では児島さんたちの研究を参考にしてシマウシの実用化の試みが各地で行われたのだそうだ。山形県でも県米沢支庁と民間の会社が共同して実験を行い、その結果が2021年に東北のブロック紙である河北新報で報道されたのである(10月17日(日)朝刊)。実験で論文通りのシマウシ効果が確認され、今後さらに放牧時の効果も確かめたいという。
この報道は、2021年ノーベル物理学賞を米国在住の真鍋叔郎さんが受賞したとの発表のおよそ2週間後になされた。そこで私は、真鍋さんのノーベル賞受賞を祝うとともに、イグノーベル賞も誇れる賞であるのでシマウシの研究を続け、ぜひイグノーベル賞を取ってほしい、との趣旨のエッセイを書いたのであった。このエッセイは、山形大学のウェブサイト「がっさん通信『折に触れて』」の欄に「ノーベル賞とイグノーベル賞」と題して掲載した(2021年11月20日掲載:参考文献-2)。
当時、白黒の縞模様をどうして虫たちが嫌うのかはまだ分かっていないということで、私はその理由を追求すればイグノーベル賞の受賞は確実ではないかと思ったのであった。しかし今回、最初にシマウシ効果を指摘した児島さんたちの研究が受賞したとのことで、これはこれで大変良かったと思う。
イグノーベル賞はノーベル賞のパロディと言われ、「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究に対して贈られてきた。1991年から授与している賞であり今年で35回目となる。日本人の受賞は表題に書いたように今年で19年連続となった。日本人の最初の受賞は1992年のことであり、児島さんたちの受賞は31件目となる(参考URL-3)。
先のエッセイにも記したのだが、イグノーベル賞の受賞は、研究テーマを自由に設定できる環境(アカデミックフリーダム)と厚い研究者層の双方を反映しているものであろう。その意味で、イグノーベル賞の受賞は大変喜ばしいことである。しかし、このような状況がいつまで続くのであろうか。現在、日本の研究力の低下が問題となっている。研究環境の悪化とともに短期的で実利的な成果が求められているようだ。自由な発想に基づく根源的な研究を推奨することこそが、長い目で見た場合、日本の研究力を向上させるものと思うのだが、事態は逆方向に進んでいるのではなかろうか。
【参考文献】
【参考URL】