インタビュー

「Earth 地球大全史(日本語版)の監修を終えて」

井龍康文(変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC))教授へのインタビュー

聞き手:杉本久賀子(変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC))特任准教授

この本の概要及び特徴

この本の特徴は、地球が最初にできた時の「大気」、やがて水ができ、全球凍結もあった時代の「水」、植物が陸上に上がってきて繁栄する「緑」の時代、活発な火山活動の「火」の時代、そして人間に代表される哺乳類の「人間」の時代という切り口で地質時代を捉えた面白い構成になっているところです。例えば地球史の本の中には人気のある恐竜の話がフォーカスされているものがありますが、この本では他の本ではあまりフォーカスされない植物にかなりのページが割かれています。力が入れられた部分と簡潔に述べられた部分とがあり、著者の地球史に対するこだわりがよく反映されたユニークな作りになっています。また写真はナショナル・ジオグラフィックが用意したものなのでとても美しく、特定のバクテリアのみをクリアーに見せるために画像処理した顕微鏡写真や、自分も訪れたことのある島のドローン写真など、時間をかけ、とても丁寧に撮った写真が用いられています。

対象の読者

この本は地球史をわかりやすく解説するのを目指しているのですが、ある程度の地学の知識があった方がより楽しめ、理解できるので、大学の教養課程や学部学生の教科書レベルの本だと思います。日本ではまだあまり知られていない地質学的イベントである、例えば三畳紀の多雨事変などもこの本では詳しく取り上げられています。特に学生はそうですが、自分自身で多くの論文を探し出して読み進め、知識を体系化するのは大変ですので、この本を入門書として利用して、次の専門的なステップに進んでもらえればと思っています。また、地球科学分野の地球史を専門としない方々にもとても役立つ本だと思います。

自身の専門の炭酸塩堆積学と監修の具体的な仕事

自身の専門の炭酸塩堆積学は生物の殻や、海中で自然に堆積した炭酸カルシウムを分析して地球の歴史を読み解く研究分野です。この本で紹介されている地球史のかなりの部分が、炭酸塩堆積物の分析から明らかにされました。監修を通じて、自分の研究分野の重要性を再認識し、誇らしく思いました。
地球史上のあらゆるイベントに対して、多くの学説があります。それらの学説を並べるだけではストーリー、つまり地球史の本にはなりません。そこで、著者は学説の選択を迫られます。危険なのは、著者自身がよく理解していないのに、理解したふりをして、自分の好みで学説を選択し、もっともらしいストーリーを組み立てることがあることです。これが、査読という内容のチェックを受けた論文ではなく、自由に書かれた科学読本の孕む危うさで、誤った内容が広まってしまう危険性があります。そこで、監修者としては、まず何よりも、この本の内容に科学的な誤りがないか慎重にチェックしました。私とは意見が異なり、「うっ!」と思う記述もありましたが、著者らの見解を尊重しました。また、全般に渡って、正確で自然な日本語表記になっているかも注意して、確認しました。

監修をして感じたこと

私は地球科学の研究者で、研究した結果を論文にして発信してきました。この本の著者らは研究者ではありません。しかし、地球史に関する様々で膨大な論文に書かれていることをよく読み、理解して、それを「ストーリー」に仕立てて、本として出版しました。研究者以外の人達は、科学論文の内容をこのように受け取って、「ストーリー」を作るんだと知ることができたのが、今回監修をして得た経験です。また、日本語の翻訳原稿に初めて目を通した時、翻訳者はこんなにも正しく、美しい翻訳をするのかと感動しました。AIによる自動翻訳が活躍する昨今ですが、まだまだAIが到底できていない、圧倒的にクオリティーの高いプロの仕事だと思いました。

この本で一番好きな写真

この本の中で一番好きな写真は、ある研究者が特に変わり映えのしない黒っぽい崖の前で写っているものです(死の線のページ)。インスタ映えしそうにはなく、パノラミックでもなく、奇異で人目につく風景でもありません。しかし、この一帯の地層には地球史の重要な出来事が記録されています。地球史は、世界の様々な場所から採られたサンプルを、多くの研究者が徹底的に分析して得られた記録をつなぎ合わせて編まれるのです。その場所は絶景であればよいのですが、多くの場合、何の変哲もない地味な崖や谷の場合が多いです。ちょうど、この写真のようにです。自身の経験から言うと、パノラミックな場所よりも地味な崖や海岸で重要な発見がありました。不思議なことに、新たな発見は、やる気満々の日ではなく、無欲な日にやって来ることが多かったです。欲を出してはいけないんですね。

インタビュー後記(杉本)

今回のインタビューの参考のために用意された今までのご自身のフィールド研究で撮った写真の中に、この本の中でのお気に入りの写真(記事中写真)としたものと、とても似た、研究者がこちらを見ている、何の変哲もない黒っぽい岩場で撮った写真(記事中写真)があり、かなりの低い確率での偶然なのか、地質学のフィールド研究でよく撮られるタイプの写真なのかと興味を持ちました。ちなみに、最後の監修作業は2024年の正月に2週間ほど自らを缶詰状態にし、行われました。この2週間の缶詰はご自身のお子さんの受験の最後の追込みと同時期に行われ、親子揃って正月にすごい勢いで仕事をされていました。そしてこの春、本は出版され、アマゾンの人気ギフトの歴史部門でも高い位置にランクされるようになり、お子さんも無事受験に成功しました。

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