「海で採取した細菌をこの顕微鏡で1000個以上も測定しました」
そう語るのは、海洋微生物生態系変動研究ユニット 研究員の山田洋輔さん。海中の物質循環を研究していると聞きましたが、顕微鏡でどう調べるんでしょうか?実験室で見せてくれた画像がこちら。
―これが細菌ですか!?こんなにくっきり写るんですね。
はい、AFM(原子間力顕微鏡)で今まさに観察した細菌です。ナノスケールでの観察が可能で、表面のデコボコもわかります。厚さ数百nm(ナノメートル) の細菌のうち、数 nmのデコボコも観察できるんですよ。
このAFMはごく小さな針をサンプルに押し付けて動かし、その針にかかる力と上下をレーザーでとらえることで、立体的な情報を得られるんです。
(注:厚さ300 nmの細菌は、髪の毛の太さを電柱の高さとしたら、ピンポン玉くらいの大きさにあたります )
―細菌を測れる針!めちゃくちゃ小さいですね。細菌の表面ってどうなってるんですか?
そもそも海中の細菌のデコボコをたくさん測った人はいなくて。北海道や沖縄、カリフォルニアなどの海で採取した細菌を見てみたら、ツルンとしたもの、非常にデコボコしているものと、様々でした。
―なぜデコボコを見るんですか?
細菌表面のデコボコの度合いと、ナノ粒子のくっつきやすさの関係を調べています。海には核酸やタンパク質、糖などの有機物を含むナノ粒子が大量に浮かんでいて。細菌は表面に付着したナノ粒子を酵素で分解して取り込み、栄養として利用しているんです。
―どんなことが分かりましたか?
水温の低い場所から採れた細菌ほどデコボコな傾向がありました。さらに、人工的なナノ粒子をくっつけてみると、デコボコしているほど、ナノ粒子がくっつきやすいことが分かってきました。
なので、冷えているところの細菌にはナノ粒子がくっつきやすいことも推測できます。
―なぜそんな違いがあるんでしょう。
細菌の戦略だと思っています。ナノ粒子は水中をランダムに動いて細菌にくっつくのですが、冷えた水だと粘性が高くてその機会が少なくなると考えられます。水って、細菌にとっては僕らの想像以上に粘っこいんですよ。なので、冷えた水に棲む細菌はよりデコボコして、栄養をとらえやすい性質になっている、という仮説を立てています。
―あれ、AIMECのミッション「気候変動へ海洋生態系がどう応答するかを解明し、その変化を予測する」とはどんなつながりが…?
まず、海中の炭素循環は、CO2を植物プランクトンが光合成で吸収して有機物に作り変えるところから始まります。植物プランクトンが死ぬときには、ナノ粒子などの形で海中に炭素を放出します。
このようにして海中に有機物として存在する炭素の約半分が、細菌に使われると言われます。見えないですけど、ティースプーン1杯の海水におよそ100万もの細菌がいるんですよ。
―そんなに!?
私はこの世界は微生物の世界で、人間はその中に住まわせてもらっている、くらいのイメージを持ってます(笑)
―たとえば細菌によって分解されるナノ粒子が減るとどうなるんですか?
ナノ粒子の化学的な性質から考えてみます。植物プランクトンが取り込んだ炭素がナノ粒子となり、それが分解されずに増えるとナノ粒子同士や他の粒子と集まって大きくなり海底へ沈降する。つまり海底に炭素が貯められる。すると大気から海へ溶け込む炭素が増え、大気中のCO2が減ることで、温暖化を抑える効果がはたらく。こうしたシナリオも考えられます。
―小さな細菌だけど集まると気候をも左右する。壮大な話ですね…!温暖化によって細菌や有機物の流れにはどんな影響が出るんですか?
温暖化による生物や物質循環の変化予測にはいろんなシナリオがあって、正解は誰にも分かっていません。それには、ナノ粒子の分解や沈降がどうなっているかを知らなければ難しい。本当に基礎的な研究なんですけど、重要そうな現象の解明から、予測の精度向上に貢献できればと思ってます。
―話がつながりました!で、ホントのところ、細胞のデコボコからナノ粒子の使われ方をどのくらい予測できるんですか…?
今回の結果だけで言えば、ナノ粒子の付着しやすさは約9割デコボコで説明できる、と言えます。
―ええー!?ほとんどデコボコか平らかでナノ粒子がくっつくか決まっている‥?
(苦笑しながら)もちろんデコボコだけで決まるとは一概には言えなくて。今回たまたまうまくいった可能性もあるし、調べた細菌も2種類だけなので、実際の海中の様子を知るには他の細菌も調べてみないと。 今後は硬さや粘着性など、細菌表面のデコボコ以外の性状も調べていきたいですね。
―なるほど、それだけでないとはいえ、デコボコのようなシンプルな物理的性質でナノ粒子の流れが変わる、というのは新鮮です。生物や、物質の循環って、とても複雑そうですが。
物理の先生は様々な自然現象を1つの式で説明できないかといったスタンスで、研究をされていると思います。私は生物学出身ですが、粒子の沈降実験やアメリカでのAFMを使ったウイルス付着実験を経た現在は 、物理の先生のようなセンスも持ち合わせていたいな、と思っているんです。
―ナノスケールの物理が、実は世界規模の温暖化の影響を予測することにつながるかもしれない。視野がぐんと拡がるご研究でした!ありがとうございました。
インタビュー・文:飯田 綱規(WPI-AIMEC 特任准教授・科学コミュニケーター)
論文(科学誌「Limnology and Oceanography」に2024年1月27日に掲載)
https://aslopubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/lno.12309
プレスリリース
https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20230131
記事(マリンスノーの浮遊・沈降に影響する細胞外ポリマー物質の役割)