-生物による海洋二酸化炭素吸収量の新たな評価-
2024.12.11
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。) 地球環境部門 海洋観測研究センターの山口 凌平 研究員、纐纈 慎也 主任研究員は、JAMSTECを含む世界の研究機関によって取得された海水の溶存酸素データを用いて、表層海洋の溶存酸素収支を、海洋循環に関する最近の研究成果を取り入れて詳細に計算することで、海洋の生物活動によって1年間に吸収される二酸化炭素の空間分布と総量を明らかにしました。
海洋は、巨大な炭素の貯蔵庫として、二酸化炭素を吸収し、長い年月にわたって大気から隔離することで、今日の穏やかな気候を形作る上で重要な役割を果たしています(図1左)。海洋が二酸化炭素を吸収・隔離するメカニズムのひとつに、「生物ポンプ」と呼ばれる、海洋表層の生物活動を介した吸収・隔離機構があります(図1右)。生物ポンプを構成する、植物プランクトンによる二酸化炭素の固定(光合成)や、その後の固定された炭素の下層への炭素輸送経路は、非常に複雑で多岐にわたるため、全ての経路について炭素輸送量を直接的に測定することは困難であり、一体どこでどれほどの二酸化炭素が生物ポンプによって海洋に吸収されているかについての推定値にはこれまで大きな不確実性がありました。
本研究は、植物プランクトンが太陽光の届く海洋表層で光合成を行う際に、消費する二酸化炭素量に対してほぼ一定の割合で酸素が生成されるという関係を利用することで、海洋表層の溶存酸素の収支計算で得られた生物による正味の酸素生成量の分布から、海洋全体の生物ポンプによる二酸化炭素吸収量を算出することに成功しました。その結果、生物ポンプによる実際の海洋炭素の取り込み量は年間74億トン炭素であり、これは、これまでの推定値(年間130億トン炭素)よりも大幅に少ないことが明らかになりました。また、本研究が初めて明らかにした全球海洋の空間分布は、各半球の高緯度域や熱帯域において、海洋への炭素の取り込みに対して生物ポンプが相対的に重要であることを示しました。
これらの成果は、海洋炭素循環についての基礎的な理解を深めるだけでなく、将来気候予測に用いられている地球システムモデル[1]の性能向上にも役立ちます。今後、観測体制の更なる強化とそれに伴うデータの拡充が実現することで、本研究の成果が、生物ポンプの気候変動に伴う変化やポンプを構成する諸過程のより詳細な理解につながることが期待されます。
本成果は、「Communications Earth & Environment」に12月16日付け(日本時間)で掲載される予定です。また、本研究は、JSPS科研費 JP24H0222および、JP22H05207の支援を受けたものです。
[1] 地球システムモデル
スーパーコンピュータを用いて、将来気候を予測するために用いられている数値モデル。サブシステム(大気や海洋、陸域)での流体運動や生態(炭素循環を含む)がそれぞれモデル化され、そのサブシステムが結合された地球システム全体の仕組みや将来変化を調べるために用いられる。
タイトル:Global upper ocean dissolved oxygen budget for constraining the biological carbon pump
著者:山口凌平1、纐纈慎也1,2、小杉如央3、石井雅男3
1. 海洋研究開発機構、2. 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)、3. 気象庁気象研究所