——伊達政宗にちなみ「ミカヅキノエボシ」と命名——
2025.12.05
カツオノエボシ(鰹の烏帽子、英名:Portuguese man-of-war)は、世界中の熱帯から温帯の海域に広く分布する有毒クラゲで、青く透明な浮き袋と長い毒触手を持つことで知られています。これまで日本の北部沿岸ではカツオノエボシの仲間のクラゲが正式に記録されたことはありませんでした。
東北大学大学院農学研究科(東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)兼務)のエイムズ・シェリル(Ames Cheryl)教授と大越和加教授の研究チームは、共同研究チームが仙台湾の蒲生海岸で採取したカツオノエボシ属(Physalia)と見られる個体の同定を行いました。その結果、形態的および遺伝的解析により、本種が既知のカツオノエボシ属の種類( P. physalis、P. utriculus など)とは異なる新種であることを明らかにし、伊達政宗の兜を飾る三日月にちなんで「ミカヅキノエボシ(Physalia mikazuki)」と命名しました。本報告は、カツオノエボシ属が東北地方で発見された最初の記録です。さらに粒子追跡シミュレーションにより、黒潮の北上や海水温の上昇が本種の出現に関係している可能性があることがわかりました。ミカヅキノエボシの観測は気候変動が海洋生物の分布に影響を与えていることを示す重要な証拠となると考えられます。
本成果は、沿岸海域の温暖化と海流の変化が東北日本の海洋生物の分布に影響を与えていることを示しており、海洋生態系の変動機構の解明に貢献すると考えられます。
本成果は、海洋生物学の専門誌 Frontiers of Marine Science に 10 月 30 日に掲載されました。
カツオノエボシ(英名:Portuguese man-of-war)の仲間は、鮮やかな青色の浮き袋と長い毒触手をもち、世界中の熱帯から温帯の海域に漂うことで知られる有毒クラゲです。触手には強力な毒をもつ刺胞が多数存在し、人間が触れると激しい痛みを伴う刺傷を引き起こすことがあります。
これまでカツオノエボシ属は日本の南方域(相模湾や沖縄など)で報告されていましたが、東北地方の沿岸域からの正式な記録はありませんでした。しかし、近年の海水温上昇や黒潮の北上など、気候変動に伴う海洋環境の変化により、南方種が北方域に出現する事例が相次いで報告されています。
研究グループは 2024 年 7 月、蒲生海岸の約 1.5 km の海岸線に漂着した約30個体のカツオノエボシ属に類似したクラゲのうち、6 個体を採集して形態観察と遺伝子解析を行いました。解析の結果、これらの個体は既知のカツオノエボシ属(P.physalis, P.utriculus, P.minuta など)とは異なる特徴を持ち、独立した新しい種を形成していることが明らかになりました。これに基づき、本種は Physalia mikazuki と言う学名を与え新種として記載しました。和名のミカヅキノエボシ(英語名: crescent helmet man-of-war)は、仙台藩祖・伊達政宗が兜に用いた三日月形の前立てに由来します。研究グループは、発見地である仙台の歴史と文化に敬意を表して本種を名付けました。
日本では、Physalia utriculus が沖縄から相模湾にかけて分布しています。これまではこの地域で同属のクラゲはいないと考えられていましたが、DNA 配列を公的参照データベース(NCBI GenBank)と照合することで、Physalia utriculusの分布は Physalia mikazuki(ミカヅキノエボシ)と重なることが明らかになりました。このことは、これまでも沖縄から相模湾には 2 種のカツオノエボシ属が生息していましたが、今回の発見まで誰も気が付かなかったことを示唆しています。
本報告は、カツオノエボシ属が東北日本で発見された最初の記録です。どのように漂流してきたのかを明らかにするため、物体が海流によってどのように運ばれるかについてのコンピューターシミュレーションを行いました。その結果は、最近、高い海面水温の異常とともにはるかに北に伸びている黒潮からの暖かい水が、ミカヅキノエボシを仙台湾に運んだ可能性を示唆しています(図 3)。この発見は、海洋環境の変化が表面を漂う海洋生物の移動にどのような影響を与えるかについての新たな洞察を提供するものです。
また本成果は、気候変動に伴う海流や水温の変化が海洋生物の分布に影響を与えていることを示唆しています。解析の結果、近年黒潮が約 2 度(約 100 km)北上し、2022〜2024 年の間に東北沿岸の海面水温が 2〜4℃上昇していたことがわかりました。これらの変化が、南方に生息するミカヅキノエボシを仙台湾へと運んだ可能性が高いと考えられます。海流シミュレーションによる粒子追跡モデル(Ocean Parcels)の結果では、このクラゲが約 30 日で相模湾から仙台湾に、約 45 日で青森沿岸まで到達できる可能性が示されました。尚、本研究では、同年には青森県でもカツオノエボシ属の目撃情報が報告されています。さらに、1996 年以降続く蒲生海岸での長期モニタリングでは、2023 年以前にカツオノエボシが確認された記録はありませんでした。今回の発見は、近年の異常な海況変動によって新たにこの地域へ漂着した現象である可能性が高いです。
本研究は、気候変動にともなう海洋生物の移動や分散を理解するうえで、重要な知見を提供するものです。特に、クラゲ類の出現や分布の変化は、生態系だけでなく人の生活や安全にも影響を及ぼす可能性があることから、その動向を注意深く見守る必要があります。また本研究は、分類学的な形態観察、分子遺伝学的解析、そして海洋モデル解析を組み合わせた包括的な手法により、気候変動によって変化する海洋生物の動態を、多角的に明らかにする研究の新たな方向性を示したものです。これらの成果は、海洋生態系の回復力や多様性の理解を深めるだけでなく、世界的なクラゲ研究や気候変動研究の発展にも貢献することが期待されます。




本研究はWPI-AIMEC (変動海洋エコシステム高等研究所)の研究費により行われ、東北大学大学院農学研究科のAPCオープンアクセス推進支援プロジェクトを活用しました。
Physalia mikazuki sp. nov. (Phylum Cnidaria; Class Hydrozoa) Blown into Japan’s Northeast (Tohoku) at the Whim of Marine Ecosystem Change
Chanikarn Yongstar*, Yoshiki Ochiai, Muhammad Izzat Nugraha, Kei Chloe Tan, Ayane Totsu, Waka Sato-Okoshi, Cheryl L Ames*
東北大学大学院農学研究科 - Chanikarn Yongstar, - Cheryl L Ames
Frontiers in Marine Science ; Marine Molecular Biology and Ecology
DOI:10.3389/fmars.2025.1653958