コラム

海の杜(No.8、2025年1月1日)

WPI-AIMECについて-その5 レジームシフト

 AIMECの研究におけるキイワードの一つが「レジームシフト(regime shift)」です。直訳すれば「体制の転換」となります。広辞苑第6版(2008年)にこの用語が初めて収録され、「大気・海洋・海洋生態系から構成される地球表層システムの基本構造が数十年間隔で転換すること」と説明されました。

 この概念は、東北大学農学部教授で水産資源学を専門とする川崎健(つよし)先生(1928-2016)によって提案されました。川崎先生は、黒潮域、カリフォルニア海流域、フンボルト海流域のマイワシの漁獲量が連動していることに気づき、その原因は地球規模の気候変動ではないか、との仮説を立てたのです。これを1983年、国連食糧農業機関(FAO)の専門家会議で発表しましたが、受け入れられませんでした。1986年には全球平均気温と漁獲量に相関があること、さらにマイワシとカタクチイワシが魚種交代をしていることをシンポジウムで発表します。次第に理解する研究者も増え、1987年に「Regime Problem Workshop」が開催されました。この時、「レジームシフト」という言葉が生まれたと言われています【参考文献1】

 一方、気象・気候の研究では、1960年代に、気温などで準定常状態から急変し別の準定常状態へと遷移することが見出され、この急変を「気候のジャンプ」と呼んでいました。1980年代になると、北太平洋セクター(北太平洋と上空の大気)をはじめ、北大西洋セクターなどで十年規模の時間スケールで大気や海洋の状態が共に変動していることが見出されてきます。この大規模で急激な遷移を指してレジームシフトと呼ぶようになりました。

 AIMECのPIで理学研究科・教授の安中さやかさんは、2004年度に東北大学に提出した学位論文「Regime Shifts in Global SSTs」で、全球海面水温(SST)データからレジームシフトの検出を試みました。この論文で、1910年から1990年の間では、1925/26年、1942/43年、1957/58年、1970/71年、1976/77年、1988/89年に発生したことなどを指摘しています。

 SSTで見られるレジームシフトはどのようなメカニズムで起こっているのでしょうか。また、物理環境のレジームシフトが、どのようなプロセス(連鎖)を経て生態系のレジームシフトに繋がるのでしょうか。この連鎖はまだ十分に分かっているとは言えません。そこで、チャレンジングなテーマとして、AIMEC研究の柱の一つになっているのです。

 川崎先生は現在、「レジ-ムシフトの父」と呼ばれています。先生自身が述べた一般向けの解説書(参考文献2)や、研究者向けの専門書(参考文献3、4)が出版されています。日本のマイワシの漁獲量は、多い時で1千万トン、少ない時で1千トンと、1万倍も変動する魚種です。AIMECはその変動をもたらすメカニズムを解明します。

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