~黒潮続流の異常進路が示す未来~
2025.2.14
通常、千葉県から東へ流れ去る海流として知られる「黒潮続流」が、2022年末に北向きの進路を取り始め、2024年春には青森県沖にまで達しました。この異常な流路変更により、豊かな漁場として知られる三陸沖の海洋環境が大
きく変化し、地域の気候や水産業への影響が懸念されています。
東北大学大学院理学研究科(東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)兼務)の杉本周作准教授らの研究グループは、衛星観測データや気象庁が実施した観測航海データなどを用いた三陸沖の状況の分析によって、2023年以降、三陸沖の海面水温が平年より約6℃高い状態が続いていること、そして、2024年5月には深さ400メートル付近まで水温が10℃以上も高いことを発見しました。また、この異常な水温上昇が、三陸沖の
気温を上昇させ、その影響は2,000m上空まで及んでいたことを明らかにしました。
現在、三陸沖の水温上昇は世界の海の中でも最も高い水準にあります。このため、三陸沖の環境を調査することは、世界中の海で起こりうる環境変化を予測し、適切な対策を講じるための非常に重要な手がかりになり得ると考えられ
ます。
本研究成果は、日本海洋学会の英文国際誌Journal of Oceanographyオンライン版にて2月13日に早期公開されました。
近年、日本近海の海流に大きな変化が見られつつあり、地域の気候や水産資源への影響が懸念されています。特に、世界最大級の海流である黒潮は、これまでは千葉県房総沖を東に流れ去っていましたが、2022年末から異常に北に迂回するようになり、その北端が2024年4月には青森県沖に達しました(図1)。現在も宮城県沖から岩手県沖に達しており、人工衛星観測データ利用可能な過去30 年間で初めて記録された異常な状態です(図1)。この黒潮続流の異常な進路は、世界三大漁場(注2)の1 つとして知られる三陸沖の海洋環境に大きな影響を与えている可能性があります。
東北大学大学院理学研究科と東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)を兼務する杉本周作准教授らの研究グループは、人工衛星観測データを用いた解析を通じて、2023年以降、三陸沖の海面水温が平年より約6℃も高い異常な状態が続いていることを明らかにしました。
この水温上昇幅は、2023年4月から最新の2024年8月までの期間において、世界の海の中で最大であることがわかりました(図2)。そして、気象庁が2024年5月に実施した観測航海で得られた水温や塩分データの解析により、この異常な水温上昇が、黒潮続流の異常進路に伴う南方の高温水の流入によるものであることを発見しました。さらに、この水温異常は海面付近だけにとどまらず、深さ700mにまで及び、特に深さ400m付近までは平年より10℃以上も高いことが明らかになりました(図3)。これに加え、この異常水温に伴い増加する海洋からの熱放出は冬季の海上気温を大きく上昇させ、その影響は上空約2000mまで及ぶことも明らかにしました(図4)。
三陸沖の水温上昇は、現在、世界で最も高い水準に達しています。そして、本来ならば深さ100mより深い場所では水温が8度以下になる冷たい海です。ところが、黒潮続流の異常進路に伴う南の暖かい水の到来により海深くまで高温化しています。この異常な水温上昇は、海洋生態系や水産資源の分布に大きな影響を与えている可能性があります。実際に、2023年以降、瀬戸内海に面した地域で食されるテンジクダイや日本では静岡県から宮崎県の太平洋沿岸に多く分布するミナミクルマダイなどの暖水性魚類が宮城県で初めて観察されるなど、従来の生態系バランスが変化しつつあります。また、異常水温上昇に伴い活発化する海洋からの蒸発による水蒸気増加は大雨発生など気象現象の激甚化に影響する可能性があります。
本研究の成果は、異常な水温上昇の実態を解明し、その影響を評価するための第一歩であり、海洋生態系や水産資源、気象災害への海の変化の影響を検討する上で重要な知見を提供するものです。
本研究は日本学術振興会科研費補助金(JSPS KAKENHI Grant Numbers 19H05704, 22K03714, 24H02221, and 24H02227)、科学技術振興機構 戦略的国際共同研究プログラム e-ASIA 共同研究プログラム(JPMJSC21E7)による支援を受けて実施されました。
【用語説明】
注1. 黒潮続流
黒潮は、九州の南から四国沖を経て北上し、房総沖から東に流れる海流。この房総沖以東で列島から遠ざかる強い流れが黒潮続流と呼ばれる。
注2. 世界三大漁場
世界に多数存在する漁場の中でも特に漁獲種の多い優良な3つの漁場。三陸・金華山沖漁場、ノルウェー沖、カナダ・ニューファンドランド島沖を指す。
Influence of Extreme Northward Meandered Kuroshio Extension during 2023–2024 on Ocean-Atmosphere Conditions in the Sanriku offshore region, Japan
Shusaku Sugimoto*, Atsushi Kojima, Tatsuya Sakamoto, Yuma Kawakami, Hideyuki Nakano
東北大学大学院理学研究科 准教授 杉本周作
Journal of Oceanography