コラム

海洋瑣談(No.13、2025年6月15日)

2025年は「国際氷河保存年」、3月21日は「世界氷河の日」

 先月(2025年5月)28日の午後3時半(現地時間)ごろ、スイス南部のバレー州ブラッテン村近くの氷河が一気に崩落し、村の90%が約1000万トンの氷河と土砂で埋め尽くされた。村の住人約300人は、氷河の動向を監視していた地質学者による崩落の可能性の指摘により、5月19日には既に避難をしていた。しかし、住民の男性1名が崩落による土石流に巻き込まれ、現在行方不明になっているという。この大規模氷河崩落の様子は、氷河の動向をモニタリングしていたカメラにしっかりと捉えられ、その映像は世界中に配信された(例えば、参考URL-1)

 さて、今年2025年は、国連が決めた「国際氷河保存年(the International Year of Glaciers’ Preservation)」である。この国際年の制定は、第77回国連総会のアジェンダ18として、2022年12月14日に議決されていた。同時に2025年からは、3月22日を「世界氷河の日(the World Day for Glaciers)」とすることも決められていた(参考文献-1)。このように決められた背景には、加速的に進行しつつある地球温暖化の下で、世界中の氷河が著しく縮小したり、消滅したりしていることへの強い危機感があった。

 世界氷河の日がなぜ3月21日に定められたのか、その理由を上記の決議文書の中に見出すことができない。しかし、翌3月22日は1992年12月に「世界水の日(the World Day of Water)」と決められていたので、その前日を水と密接に結びついている氷河の日として設定したものと思われる。

 今年の「世界水の日」に寄せて、アントニオ・グテーレス国連事務総長が3月20日にメッセージを発出した。以下に、そのメッセージの前半部分を引用する。日本語訳は東京にある国際連合広報センターである。なお、文中の「/」は段落を意味する。(参考URL-2)

 「今年の『世界水の日』のテーマは、『安全保障、繁栄、正義のためには氷河の保全が不可欠である』という冷厳な真実を思い起こさせます。/氷河は自然の貯蔵所として、地球上の淡水のおよそ70%という貴重な資源を蓄えています。/氷河の融解は、コミュニティーの渇きを癒し、生態系を維持し、農業や工業、クリーンエネルギーを支えます。しかし酷暑によって、ヒマラヤ山脈からアンデス山脈、アルプスから北極圏に至るまで、この貯蔵所が記録的な速さで枯渇しつつあるのです。/致命的な洪水が起こり、都市や農村を問わず、何十億もの人々に影響が及んでいます。海抜の低いコミュニティーや国全体が存亡に関わる脅威に直面している一方で、水や土地をめぐる競争が緊張を悪化させています。/氷河が後退することがあっても、私たちは自らの責任から後ずさりすることはできません。」

 スイスのジュネーブに「世界氷河モニタリングサービス(World Glacier Monitoring Service: WGMS)」が設置されている。このWGMSが今年2月に公表した資料によると、昨年(2024年)1年間で世界の氷河から推定約4500億トンの氷が消失したという。この量は、2023年の消失量には及ばないが、1975年以来では4番目に多い消失量である(参考URL-3)

 WGMSによれば、2000〜2023年の間に、グリーンランドと南極の大陸氷河を除く世界の氷河は、全体の5%以上を失い、この融解で地球の海面は約18ミリメートル上昇したという。とりわけ深刻な消失はスイスやヨーロッパアルプスの氷河で、2000年から現在まで総量の約40%以上を失った。世界中の氷河も大幅に消失し、極域の氷河でさえ融解が進んでいる。研究者によっては、アルプスでは2100年までに9割以上の氷河がほぼ完全に消滅する可能性があると予測している。

 では、日本の氷河はどうなのだろう。日本に氷河あるのかどうかは、長年の論争の的であったという。日本雪氷学会による氷河の定義は、「陸上で重力によって常に流動している多年性の氷雪の集合体」である。万年雪や多年性雪渓は数多くあるものの、流動していることの証明が難しく、日本に氷河があると最初に認定されたのは、2012年4月のことである。氷体の厚さを計測するための可搬型レーダや、位置を精密に決めるための、すなわち流動を計測するためのGPS装置(またはGNSS:全地球測位システム)が利用できるようになったからであるという。

 まず、2012年に、富山県立山町の御前沢(ごぜんさわ)氷河、三ノ窓(さんのまど)氷河、小窓(こまど)氷河が認定された(参考文献-2)。ここで認定とは、氷河の定義を満たす多年性雪渓が存在することを証明した学術論文が、学術雑誌に受理されたことをいう。

 次に、2018年に、富山県立山町の内蔵助(くらのすけ)氷河、同じく上市(かみいち)町の池ノ谷氷河、長野県大町(おおまち)市のカクネ里(さと)氷河が認定された(参考文献-3)。そして2019年に、長野県白馬村の唐松沢(からまつさわ)氷河が認定されている(参考文献-4)

 日本では現在、以上7つの氷河が認定されているが、多年性雪渓は北アルプスだけでも400以上も存在するという。調査が進めば、今後も氷河の定義を満たす多年性雪渓が見出されるかもしれない。実際、長野県白馬村のウェブサイトで、同村の杓子沢(しゃくしさわ)雪渓と不帰沢(ふきさわ)雪渓が、新潟大学などとの合同調査により氷河の定義を満たすことが分かり、その調査結果は国際的な科学雑誌への掲載が決まったことを今年1月に伝えている(参考URL-4)

 では、これらの氷河や多年性雪渓が、現在消失しつつあるのであろうか。残念ながら今回はそのような情報を見つけることができなかった。しかし、近年の著しい温暖化の下で、急激に消失しつつあるのであろう。日本の氷河や多年性雪渓は規模が小さいとはいえ、周辺地域への淡水供給源として重要な役割を担い、また、その土地の景観を構成する大切な要素となっている。日本の氷河が消失しないような、すなわち、地球温暖化の促進が止まる状況に、一刻も早くなってほしいものである。

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