コラム

海洋瑣談(No.12、2025年5月15日)

黒潮大蛇行が終息か?

 今月(2025年5月)9日(金)、気象庁は「7年9か月続いた黒潮大蛇行が終息する兆し」と題する報道発表を行った(参考URL-1)。直前の5月2~3日に海洋気象観測船啓風丸で行った東海沖海流観測で、蛇行していた部分がちぎれて冷水渦となり、黒潮は直進流路となっていることが確認されたのである(参考URL-2)。また、同日発表の「海面水温・海流1か月予報」でも、黒潮は今後直進流路を取るとされた(参考URL-3)。気象庁の海洋数値モデルの結果も、直進流路を予報したのであろう。

 世界有数の海流である黒潮は、九州南端の大隅半島と種子島の間の吐噶喇(とから)海峡を抜け、九州東岸沖を北上した後、日本南岸を西から東へと流れる。この日本南岸における黒潮の流路(強流部を連ねた道筋のこと)は、常に変動はしているものの、大局的に見れば沿岸に沿って流れる直進流路と、東海沖で大きく南に張り出す大蛇行流路に大別できる。これを黒潮流路の二様制(bimodality)と表現する。

 黒潮が直進流路と大蛇行流路をどの期間にとったのかは、多くの研究の蓄積により、とりわけ1960年代以降は詳しく分かっている。現在は人工衛星による海面水温や海面高度(海の高さ)の観測がルーチン的に行われているので、黒潮の流路は時々刻々把握されている、といっても過言ではない。

 1965年以降の黒潮大蛇行は、今回を除くと5回発生しており、最長で4年8か月、その他は1年から3年程度の期間持続した。今回の大蛇行は、前述のように2017年8月の発生以来、この4月で7年9か月の持続期間となり、1965年以降では最長となる。

 黒潮流路については、海洋研究開発機構(JAMSTEC)アプリケーションラボ(APL)でも高分解能数値モデルを利用し、短期(向こう20日間)と長期(向こう2か月間)の予報を行い、毎週水曜日に公表している。公表しているサイト名は「黒潮親潮ウォッチ(Kuroshio-Oyashio Watch)」で、著者は主任研究員の美山透博士である。

 5月7日(水)に公表された最新の短期・長期予報によると、短期予報と長期予報では使用するモデルが異なっていることもあり、切離した冷水渦のその後の挙動が同じ結果ではなく、大蛇行が終息するかどうかについての明確な結論は出していない。(参考URL-4)

 その上で、今後の黒潮に関して注目すべき3つのポイントがあると解説している(参考URL-5)。3つのポイントとは、①「黒潮が紀伊半島に近づくか?」、②「蛇行が再発達するか?」、③「ちぎれた渦の動き」である。②の蛇行とは、現在(5月上旬)既に紀伊半島付近に存在する小さな蛇行のことで、これが単独で発達するかどうかが一つのポイントということである。③のポイントは、ちぎれた冷水渦が再度黒潮に取り込まれたりすると再び大蛇行となることがあるからである。

 実際、このような例が過去に観測されている。1975年8月に発生した大蛇行では、1977年5月末に南に張り出した蛇行部からの冷水渦の切離が、当時神戸海洋気象台所属の春風丸(しゅんぷうまる)によって観測された。この冷水渦はこの船名にちなんで「はるかぜ」と命名されたが、はるかぜは約70日後に再び黒潮に取り込まれ、黒潮は再度大蛇行流路となった(参考文献-1)。この時の大蛇行流路は、1980年3月まで続いた。

 また、上記「今後の黒潮の3つのポイント」には、「黒潮大蛇行の衰退と再発達(2020年4月から2021年3月)」の章が設けられ、括弧に示した期間で発生した冷水渦の切離や黒潮流路と渦との複雑な動きが、アニメーションとともに記述されている。そして美山さんは次のようにこの解説記事を締めくくる。

 「今回も黒潮大蛇行は再発達するかもしれません。または、今度こそ終了に向かうかもしれません。しかし、それが決着するのには、2020年の時のように、まだしばらくかかりそうです。」

 海洋と大気は互いに影響を及ぼしながら変動する系を構成している。大気の状況に比べて海洋の状況については、目に触れる情報は残念ながら少ない。それでも、気象庁のウェブサイトやJAMSTECのウェブサイトで、海洋変動の現況や将来予報の情報を得ることができる。今回話題にした日本南岸での黒潮流路の変動は、水産業、海運業、気象・天候などの諸分野で大きな影響をもたらしている。黒潮流路の今後の推移に、どうぞ着目を。

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