海洋瑣談(No.15、2025年8月15日)
先月(2025年7月)24日(木)に、ツバル(Tubaru)国民の80%強の人たちが、オーストラリアが発行する「気候ビザ」を申請したとの報道があった(参考URL-1)。23日(水)に、オーストラリア政府がビザ申請者数を発表したのを受けた報道である。
ツバルは南太平洋の島嶼国の一つで、サンゴ礁で囲まれた4つの島と5つの環礁からなる国である。「ツバル」は8つの島という意味で、古くは8島にのみ人が住んでいたことからこう呼ばれた。第2次世界大戦後は9島すべてに人が住むようになったという。上記の報道によれば、2022年の国勢調査によると、人口は1万643人とのこと。国土の平均海抜高度は約1.5メートルであり、地球温暖化による海水面上昇で、今世紀末には、島に人が住めなくなるのではと危惧されている。
このような状況の中で、オーストラリア政府はツバルと「ファレピリ連合条約(Australia-Tuvalu Falepili Union Treaty)」を2023年11月に締結し、2024年8月から発効した。この条約では、オーストラリアは「気候ビザ」を発行し、ツバルから毎年280人の移住を受け入れること、ツバルの防衛を支援することなどが謳われている(参考URL-2)。なお、「ファレピリ」はツバル語で「隣人」を意味するのだそうだ。
この「気候ビザ」は、ツバルの人たちにオーストラリアの永住権を認めるものであるが、後にツバルに帰国しても構わないとしている。今回、8750人とツバルの80%を超える人たちがビザを申請したのだという(現在の人口の90%を超えたとの報道もある)。上記の報道では、「(ツバルは)国土水没の危機にさらされており、早期脱出を望む人が多いことが明確になった」としている。
地球温暖化により、ツバルなどの島嶼国は国土の存亡まで脅かされている。国、そして住人たちは、その怒りをどこにぶつけたらよいのであろうか。また、対策や対応にかかる多額の経費負担を、誰に求めたらよいのであろうか。
まさに同じ7月24日、これに答える国際的な動きに関する報道があった(例えば、参考URL-3)。国際司法裁判所(ICJ)が、気候変化問題(地球温暖化のこと)に関し、各国に対応義務があるとの勧告的意見(advisory opinion)を7月23日に公表したのである。
これを報道した毎日新聞の記事の最初の段落を引用する(参考URL-3)。「国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)は23日、気候変動を生態系と人類にとっての『緊急かつ存続にかかわる脅威』と位置づけ、各国は化石燃料の使用による人為的な温室効果ガスを減らし、気候を保護する法的義務があるとする勧告的意見を発表した。不法行為が続く場合は、被害を受けた国に対する賠償の責任を負う可能性があると踏み込んだ。」
この勧告的意見は、裁判官15人の全員一致の結果であるという。なお、公表に当たり、15人の裁判官を代表して岩澤雄司ICJ所長が報道発表で読み上げた。
イギリスのBBC(英国放送協会)は、ICJの動きを重視したのであろう、ICJがこのような勧告的意見を出した経緯やその影響について、日本での新聞などの報道よりも詳しく解説した記事を配信していた(参考URL-4)。以下、この記事も含め、国連の資料やICJが今回公表した勧告的意見の文書を利用して、今回の動きを一部繰り返しになるが紹介する。
この出来事の発端は2019年に始まる。バヌアツやトンガなどの太平洋島嶼国(とうしょこく)の若手法学生たちが、ICJに地球温暖化における先進諸国の責任を問う訴訟を行った。2023年3月には、地球温暖化を背景にサイクロンや高潮などで甚大な被害を受けてきたバヌアツが主導し、地球温暖化と国家の義務の関係について、ICJに勧告的意見を出すよう国連総会で求めたのである(参考文献—1:第77回国連総会議題70)。討議の結果、「気候変化に関する国家の義務についての国際司法裁判所に対する勧告的意見の請求」と題する決議は、2023年3月29日に全会一致で採択された。
ICJに勧告的意見を求めた具体的項目は、①温室効果ガスの人為的排出から気候システムやその他の環境を保護するための国家の義務はどのようなものか、②国家の行為または不作為により、気候システムやその他の環境に重大な損害を与えた場合、被害を受けた国に対する国家の責務は何か、の2項目である。
この国連決議以後、ICJは100以上の国や国際機関からの口頭陳述を受けて議論し、この7月23日に勧告的意見を公表した(参考文献-2)。結論をごく簡潔に記せば、①に対しては、国家は温室効果ガス排出の緩和と気候変動への適応に貢献する措置を講じる義務を有し、②に対しては、被害を受けた国に対する完全な賠償(原状回復や補償、さらには損害賠償)を行う義務を有する、とした。
ICJの勧告的意見は、島嶼国より画期的な判断であり、多くの化石燃料を消費してきた国々に対して、地球温暖化の責任を問う損害賠償請求への道を開いたものと歓迎された。国連のグテーレス事務総長も、「すべての国が国際法のもとで地球の気候システムを保護する義務を負っていることを明確するものだ」とし、そして、この動きのきっかけは島嶼国の若者たちが呼びかけたことから始まったので、「これは地球にとっての勝利であり、変化をもたらす若者たちの力の勝利でもある」と述べたという(参考URL-3)。
ただ、ICJの勧告的意見は国際世論の形成に大きな影響を与えるとはいえ、その名の通り「意見」であり法的な拘束力はないこと、そして現在も大量の温室効果気体を排出しているアメリカと中国は、ICJの管轄権を受け入れていないので、訴訟を起こされてもICJは関与できないという問題もあるという(参考URL-4)。互いの国の紛争をICJに裁定してもらうためには、双方の国がICJの管轄権を認める必要があるが、アメリカは第1次トランプ政権時の2018年10月に、ICJの管轄権を定める国際条約から脱退したのであった。
ともあれ課題はあるものの、今回のICJの画期的な判断は、地球温暖化阻止に向けた活動をよりいっそう高める環境を作るものといえよう。今後の展開に大いに期待したいものである。
【参考文献】
【参考URL】