コラム

海洋瑣談(No.16、2025年9月15日)

日本の猛暑と海洋熱波

 気象庁は今月(2025年9月)1日(月)、「2025年の梅雨入り・明け及び夏(6~8月)の記録的高温について」と題する報道発表を行った(参考URL-1)。この中の夏の気温のことである。昨年、一昨年も記録的猛暑と言われたが、今年はさらに輪をかけた「酷暑」の夏となった。

 「日本の平均気温」を算出しているのは、長期にわたり観測が続いている地点の中で、都市化の影響を受けていないと考えられる全国15地点のデータである(末尾の注に地点名を記載した)。それによると比較できる1898年以降では、日本の夏の、平年値(現在の平年値は1991年から2020年までの30年間の平均値)からの気温偏差は、過去最高は2023年と2024年の+1.76℃であったが、これを大幅に上回る+2.36℃であった。

 特に高温となったのは北日本(北海道・東北地方)で+3.4℃、続いて東日本(関東甲信・北陸・東海地方)で+2.3℃、西日本(近畿・中国・四国・九州地方)で+1.7℃であり、これら3領域ではいずれも過去最高とのことである。

 このような天候をもたらした要因について、気象庁の「異常気象分析検討会」が今月5日(水)に検討を行ない、同日、その結果が「令和7年夏の記録的な高温と7月の少雨の特徴およびその要因等について~異常気象分析検討会による分析結果の公表~」として報道発表された(参考URL-2)

 要因として次の2点が指摘された。すなわち、①太平洋熱帯域西部の海面水温が高く、アジアモンスーン域(インドからインドシナ半島、フィリピン付近の領域)での積乱雲活動(対流活動)が活発であったこと、②地球温暖化に加え、北半球中緯度の海面水温が顕著に高かったこと、である。

 アジアモンスーン域での対流活動の活発化で、偏西風が北偏し、大陸からチベット高気圧が日本まで東へ張り出しと、一方で太平洋高気圧の西への張り出しももたらした。新聞等では、いわゆる「2段重ねの高気圧」や「2重高気圧」などと表現された状態になった。このような状況はこれまでも何度も発生しており、日本に暑い夏をもたらす基本的な構造である。

 フィリピン付近の積乱雲活動が活発になり上昇気流が発生すると、日本付近が下降気流の領域となり結果として高気圧偏差が出現すること、そしてこれが太平洋高気圧の西への張り出しに相当することは、1987年に東京大学の新田勍(にったつよし:1943-1997)先生によって発見された(Nitta, 1987:参考文献ー1)。日本の夏の天候を左右するテレコネクションパターンの一つであり、PJ(Pacific-Japan)パターンと名付けられている(テレコネクションについては、海洋瑣談No.5参照のこと)

 さて、2段重ね高気圧の出現に加え、②で指摘されているように、地球温暖化の進行と中緯度日本周辺海域における海面水温の高温化も大きく効いている。2023年や2024年の夏季もこの要因が加わっていたが、今年も北緯30度以北の海域で海面水温が高温化し、海域によっては4℃から5℃にも達する偏差となっていた。とりわけ日本海は全域で大きな正偏差となった。

 海面水温の高温化は、海面に接する大気を温める作用を持つ(この直接温める熱のことを顕熱(sensible heat)と呼ぶ)。海上の大気も高温となるので、大気は海洋からの水蒸気を大量に持つようになる。水蒸気は温室効果気体であり、水蒸気を大量に含んだ大気はより多くの赤外線を四方に放射するので、地表面を温める作用を持つ(この水蒸気による赤外線放射を長波放射と呼ぶ)。また、気温上昇により大気に下層雲が形成されにくくなり、太陽からの可視光線による放射熱が地表面に届きやすくなるので、地表面はますます温められることになる(この太陽からの放射を短波放射と呼ぶ)

 上記のような仕組みにより、日本周辺の海面水温の高温化が、日本の気温の高温化をもたらすことについては、既に2023年の猛暑の要因の検討の中から指摘されていた。Sato et al.(2024: 参考文献-2)は観測された資料に対する検討から、Okajima et al.(2025: 参考文献-3)は、数値モデルを用いた定量的な検討からこれを指摘した。後者の研究によると、2023年の日本周辺の海面水温の高温化は、日本を含む東アジアの猛暑を約20%から50%も増幅させたという。

 さて、本稿ではこれまで、「海面水温の高温化」と表現してきたが、一般には「海洋熱波(marine heatwave: MHW)」が出現したと表現される。大気では「熱波」と呼ばれる現象が古くから知られていたが、そのアナロジーで海洋にも持続的に異常な高温となる現象があることが分かり、この名称が与えられた。

 MHWなる用語は、2010年末から2011年2月にかけてオーストラリア西海岸沖で発生した海水の高温化現象の実態と生態系への影響を議論したワークショップ(WS)の中で初めて使われた(参考文献-4)。実際、「The term “marine heat wave” was coined to describe the unprecedented nature of the spatially and temporally extensive event(「海洋熱波」という用語は、この空間的にも時間的にも広範囲に及ぶ現象の前例のない性質を表すために作られた)」との記載がある。このWSがきっかけとなり、現在では多くの研究者が使用する用語となった。

 自然現象であるので明解な区分や明解な閾値などはないのであるが、それでも現象への理解を深めるための作業(研究)では定義を明確にした方が議論には都合がよいので、MHWにも数値的定義が与えられてきた。多くの研究者が現在採用している定義は、「an anomalously warm event to be a MHW if it lasts for five or more days, with temperatures warmer than the 90th percentile based on a 30-year historical baseline period(30年間の基準期間に基づく水温が90パーセンタイルを上回る状態が、5日以上継続する異常高温現象を海洋熱波(MHW)と定義する)」というものである(参考文献-5)

 2023年の海洋熱波に対しては、中国の研究者グループがこの7月、「Record-breaking 2023 marine heatwave(記録破りの2023年海洋熱波)」と題する論文を発表した(参考文献—6)。温度偏差、持続時間、出現面積の積で定義されるMHW活動度指数を、1982年以降のデータで評価すると、2023年のMHW活動度指数は1982年から2022年の間の標準偏差の5倍以上のとんでもなく大きな値を取ったという。筆者らは、2023年のMHW出現は、地球の気候システムがもう後戻りできない転換点(tipping point)を迎えている兆候かもしれない、と指摘している。

 2023年に続き2024年も、そして2025年も、世界的に海洋熱波の出現は続いている。次第にその強度を増しているようにも見える。2023年や2024年はエルニーニョが出現していたので世界平均気温も高かった、との見方(解釈)も出ていたが、その要因に加えて、海面水温の高温化の出現も大きな要因なのであろう。海面水温を含む海洋環境の変化にますます注視しなければならない。そして、このような物理環境の変化が、海洋生態系に大きな影響をもたらすことになるのは想像に難くない。この解明は、WPI-AIMECにおける研究のまさに核心的テーマである。

ページトップへ