コラム

海洋瑣談(No.5、2024年10月15日)

テレコネクションパターンの発見

 公益財団法人国際科学技術財団が授与している日本国際賞(Japan Prize)の2024年度の「資源、エネルギー、環境、社会基盤」分野の受賞者は、米国のジョン・ウォーレス(John M. Wallace)博士と英国のブライアン・ホスキンス(Brian Hoskins)博士であった。受賞課題名は「異常気象の理解と予測に資する科学的基盤の構築」である。

 授賞理由の中にはお二人の優れた業績がたくさん述べられているが、その中にウォーレス博士による観測資料解析に基づくテレコネクションパターンの発見(Wallace and Gutzler, 1981)と、ホスキンス博士によるその理論的研究(Hoskins and Karoly, 1981)が取り上げられている。

 テレコネクション(teleconnection)とは、テレはテレスコープやテレフォンのテレで遠いという意味を、コネクションは結び付けるという意味の動詞コネクトの名詞形が組み合わされた造語である。日本語では、「遠隔結合」とか、「遠隔影響」などと表現することがある。

 具体的には、ある地域で持続的に特有の天候(例えば、晴れやすい天候)が出現すると、離れた別の地域では同期して異なる天候(荒れやすい天候)が出現するような現象である。遠隔地間で同期して天候が変動することがあることは、長期予報に従事している人たちの間ではだいぶ前から知られていたらしい(浅井、1988)。しかし、それは一部の人たちだけに経験的に知られていたもので、その存在や理論的な検討の学術論文はなく、研究者の間では広く認識されたものでなかった。

 1970年代に入ると海面気圧や等圧面高度などの観測データが、(例えば、緯度経度5度の)格子データとして整備されるようになってきた。一方、計算機も進歩し、大量の統計処理が手軽にできるようになってきた。ウォーレス博士は、15年間の冬季3か月(12・1・2月)の月平均の海面気圧と500hPa面高度の格子データ(したがって、1格子あたり45個のデータ)を用いて、1点相関解析(one-point correlation analysis)を行った。

 1点相関解析とは、ある格子を基準点とし、他のすべての格子点との相関を取り、相関係数の地理的分布を考察する手法である。多数の格子があるため、計算機を利用し始めてこの解析が可能となる。相関係数は基準格子と同じような変動するところは1に近い正の値を、逆位相で変動するところは-1に近い負の値をとる。ウォーレス博士たちは、相関係数を地図上にプロットし、基準点が適切に選ばれた時は、相関係数が正の領域、負の領域、さらに正の領域と、波連のようになることを見出した。この一連のパターンをウォーレス博士たちはテレコネクションパターンと呼んだ。

 1981年のウォーレス博士たちの論文では、冬季の北半球中・高緯度の大気中に、5つのテレコネクションパターンを指摘している。その後、観測データがさらに整備され、また解析手法も主成分分析(principal component analysis、あるいは経験的直交関数解析:empirical orthogonal function analysis)などの高度な解析手法が導入され、多くのテレコネクションパターンが検出されてきた。

 一方、ホスキンス博士たちは、熱源や地形の影響により、大気には定在(位置が変わらない)ロスビー波(地球の自転効果が緯度によって異なることに起因する復元力を持つ波動:理論的に示した研究者の名前を冠してこう呼ばれる)が励起されることを理論的に示した。なお、ホスキンス博士は、1980年にアメリカのワシントン大学で夏季休暇を過ごした時、ウォーレス博士からテレコネクションの存在を聞いていたようである。

 さて、ウォーレス博士たちが用いた1点相関解析は、それ自体はとてもシンプルな解析である。実際、日本では、相関解析は高等学校の数学Iで学ぶ解析手法である。このシンプルな解析手法を、ウォーレス博士たちは格子化された時系列資料(時間方向に並んだ資料)に適用し、相関係数の分布を考察してテレコネクションパターンを発見した。現象に対する深い洞察があったからこその偉業であろう。高度な解析手法が新しい結果を生むのではなく、シンプルな解析手法でも、現象をとらえる「視点」があればこそ、自然の本質を見出すことができるという好例であろう。

 ウォーレス博士はテレコネクションの研究に限らず、資料解析で多くの業績を上げてこられた。そこで研究室の博士課程修了者には、ウォーレス博士のところでポスドクを経験することを推奨していた。実際、研究室から2名が、1990年代にポスドクとしてお世話になっている。彼らがいる間、私はウォーレス博士の研究室を2度訪問できた。ウォーレス博士の今年度の日本国際賞受賞は、私にとっても大変嬉しいことであった。

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