海の杜(No.27、2026年8月1日)
海水には様々な物質が溶けています。化石燃料の燃焼で大気中に放出された二酸化炭素の20~25%を海洋が吸収していますが、その結果海水が酸性化していることは既に述べました(用語解説(3)参照: 参考URL-1)。大気中の酸素も海水に溶けています。海水中の酸素を溶存酸素(dissolved oxygen: DO)と呼びます。
DOは植物プランクトンや海草が太陽光を利用した光合成でも供給されます。したがって、大気からの溶け込むことや光合成が起こるための条件から、一般に表層ほど高いDOとなります。一方、海洋の深層には、特定の海域で形成された「南極底層水」や「北大西洋深層水」が循環しています。深・底層水は、溶解度(溶け込める量)の大きな低温の海域の表層で形成されるため、高いDOを持っています。DOは生物の呼吸や、有機物の酸化分解のために消費されることにより、次第に低下していきます。このため、ほとんど海域では、表層と深層でDOが高く、深さは海域によって違いますが、中間の層でDOが極小値を取ります。この層のことを酸素極小層と呼びます。
さて、長年の観測により、DOの量が海洋全体では次第に減少していることが分かってきました(例えば、参考URL-2)。この理由の一つは、海洋表層の水温が上昇しているため、気体の溶解度が低下しているからです。もう一つは次のような理由です。温暖化で表層水がより昇温しているので深い層との水温差が、すなわち密度差が大きくなるという成層の強化が起こっています。成層の強化は鉛直方向の水の混合を抑制します。このため高DOの表層水と下層水との混合が起きにくくなり、下層にDOが供給されなくなっているからです。
海洋全体でのDO減少を「海洋貧酸素化(ocean deoxygenation)」と呼んでいます。なお、一部の特別な海域などを除き、現在は心配する必要はありませんが、地球史では全球規模で海洋が無酸素状態となり、生物が大量絶滅した「海洋無酸素事変(Oceanic Anoxic Events)」が何度も起こったことが知られています(参考文献—1)。
本稿では「貧酸素化」と表現しましたが、最近「脱酸素化」なる用語も使われてきました。ところで「脱窒(素)」という広く使われている用語は、水中の窒素化合物が微生物の働きで還元されガスとして大気中に放出される現象を指します(例えば、参考文献-2)。海水中でのDOの減少は、有機物の分解に要する酸素の消費で起こりますので、脱酸素化と表現するのはややミスリーディングではないでしょうか。
【参考文献】
1. 石浜佐栄子、2007:ジュラ紀前期の海洋無酸素事変の研究に関する進展と動向。神奈川県立生命の星・地球博物館紀要、36巻、pp.1—16。
2.和田英太郎・上原洋一、1977: 自然界における脱窒過程。科学と生物、15巻(2)、pp.98—110。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/15/2/15_2_98/_pdf
【参考URL】
1.コラム「海の杜」No.25「用語解説(3):海洋酸性化」(2026年6月1日掲載)
https://wpi-aimec.jp/column/TFS_25.html
2.気象庁のウェブサイト「貧酸素化」
https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/mar_env/knowledge/deoxy/deoxygenation.html