海洋瑣談(No.7、2024年12月15日)
高嶋哲夫さんの本を久しぶりに手に取った。11月10日発売の『チェーン・ディザスター』(集英社、2024年、395ページ)である。
物語は202X年7月18日、南海トラフを震源とする東海地震と東南海地震が連動した超巨大地震が起こるところから始まる。震源に近い名古屋地区は震度7の強震に見舞われ、大きな被害が出る。2日後、死者は5万4千人、行方不明者約10万人と発表された。東京でも人的被害が大きく、首相はじめ多くの閣僚と議員が亡くなってしまう。
4日後、今度は南海地震が起こり、被災に追い打ちをかける。さらにその2日後、マグニチュード9.1の首都直下型地震が起こる。そして、立て続けに起こった地震災害への対応の最中、超大型台風8号が日本列島を横断する。地盤が緩んでいる中での台風直撃である。強風と豪雨により、さらに被害が拡大する。
そして半年後、今度は富士山の大噴火である。続けざまに起こった超巨大地震により、日本付近のプレートが大きく動き、富士山のマグマだまりを刺激したのであった。1707(宝永4)年の宝永大噴火以来、約300年ぶりの大噴火である。東京も何十センチメートルもの火山灰で覆われることになる。
最初の地震の時、高知県選出の33歳の若手議員早乙女美来は環境大臣であった。地震後、早乙女は被災地の視察や震災対応にあたる。続けざまに起こった南海地震の後、それまでの手腕を買われ、早乙女は防災大臣に任命される。早乙女は続く大型台風の襲来を最小限の被害で乗り切る。そうしている中、先の地震で怪我のため入院していた総理代理が亡くなる。そして早乙女は総理に抜擢される。史上最年少の総理大臣の誕生である。早乙女は、名古屋で最初の地震被害から復興に尽力していた、ベンチャー企業である半導体設計会社社長の利根崎高志とともに、この間の災害対応に尽力してきたのであった。
この小説では、東海+東南海地震、南海地震、首都直下型地震、超大型台風、富士山大噴火による自然災害が次々と起こる。まさに「チェーン・ディザスター(連鎖災害)」を描いたものである。現実にはそんなことは起こるわけないよ、と言いたくなるが、それは誰にも分からないこと。
私は高嶋さんの熱心な追っかけ読者ではないが、注目してきた作家の一人ではある。高嶋さんは1949年、岡山県生まれの、現在75歳。慶應義塾大学工学部・同大学院修士課程を修了し、日本原子力研究所の研究員などを経て、カリフォルニア大学に留学する。1981年に帰国後、学習塾を経営する。1990年、小説「帰国」で第24回北日本文学賞を受賞。以後、多数の作品を発表している(以上、Wikipediaなどを参考)。
高嶋さんには多くの作品があるが、得意分野は近未来シミュレーション小説ではなかろうか。以下、私が読んだ高嶋さんのそのような小説から2冊紹介する。
今回の小説の前身とみなせる小説に、『TSUNAMI 津波』(集英社文庫、2008年、608ページ:単行本は2005年に文藝春秋から刊行)がある。
日本南岸で起こった巨大地震、東海地震による津波が、名古屋などの各都市を襲う物語。それに対する政府、某企業、米国海軍の原子力空母、原子力発電所などでの対応を、大学時代に地震を研究し、その後市役所に入って防災を担当している若者の行動を通して描く。
この若者は、役所での対応とは独自に、NPO団体のネットワーク、「太平洋岸津波防災ネットワーク」を構築していた。このネットワークが地震と津波の災害への対策に大活躍する。この部分の記述は少ないのだが、高嶋さんはこの小説でこのような組織の重要性を説きたかったのだろう。小説の内容は地震・津波対策に対する高嶋さんの思考実験の表れだと思える。
一方、『首都感染』(講談社文庫、2013年、584ページ:単行本は同社から2010年刊行)もすごい小説だった。私が手に取ったのは、2020年4月、世界的に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がパンデミックとなり、日本では緊急事態宣言が全都道府県に発令されているときのこと。不要不急の外出は避けるようにとのことで、町全体から人の気配が消えた時であった。本屋さんの感染症の特集コーナーに並べられた本の一冊である。
「二〇××年六月、中国、北京」で始まる近未来シミュレーション小説である。新型インフルエンザが中国で発症する。おりしも北京ではサッカーのワールドカップが行われており、世界各国から大勢のファンが押し寄せていた。知らずに感染したファンは自国へと帰り、パンデミックとなる。
日本は、東京の中枢を囲む環状八号線を境とするロックダウンを断行する。このパンデミックでは、世界で50億人以上が感染し、12億5千万人が死亡した。しかし、日本は、適切な防護対策により、感染者420万人、死者58万人という少なさで済んだ。
この小説では、スーパーヒーローが登場し、治療薬もワクチンも短期間で開発される。こんなことは現実には期待できないが、首相と元医師であった厚生大臣の迅速で果敢な決断が、この結果を導いたとする著者の想定は、作り話ではあるが確かにそうだと納得できる。
この小説は、COVID-19パンデミックの10年前に書かれたものである。COVID—19との戦いを予見した内容であった。
高嶋さんの小説に描かれた内容の、そのリアリティの欠如を指摘することもできる。しかし、重要なことは、小説に描かれた状況をまずは土台にして想像力を働かせ、私たちはそのような状況をどう乗り切るのかと、私たち自身がシミュレーションを行うことではなかろうか。直下型地震がいつ起こってもおかしくないと言われる東京へ、地方から引っ越してまだ1年にもならない私には、強くそう思えるのである。