海洋瑣談(No.21、2026年2月15日)
今年の冬は日本海側を中心に大雪となり、地域によっては平年の2倍以上の積雪深になった。この大雪で人的にも物的にも大きな被害が出ている。1月21日から断続的に続いた大雪では、総務省消防庁によると、2月12日(木)17時現在、全国で49名の死者、679名の負傷者が出て、畜舎や倉庫などを除く住家のみで89棟に被害が出た(参考URL-1)。
この大雪は事前に予測されており、国土交通省と気象庁は1月19日(月)、「大雪に関する国土交通省緊急発表」を発出した(参考URL-2)。この冬初めての大雪に関する緊急発表である。その最初の節は次の様なものであった。
「1月21日(水)から25日(日)頃にかけて、日本付近は強い冬型の気圧配置が続くでしょう。北日本から西日本の日本海側を中心に山地・平地ともに大雪が5日以上続き、総降雪量がかなり多くなるおそれがあります。日本海にJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)が停滞して雪雲が同じ地域に流れ込んだ場合は、局地的に降雪が強まるおそれがあります。」
最初の文章の「冬型の気圧配置」とは、日本の列島の西側に高気圧、東側に低気圧という、通称「西高東低」と呼ばれる気圧配置のことで、この気圧配置が長続きすることで、日本海側は大雪になるとしている。さらに、日本海にJPCZが発生したときには、JPCZが位置する場所で局地的に降雪が強まるおそれがあることも指摘している。
実際、この緊急発表通り、21日から日本海側の各地で大雪となり、場所によっては平年の2倍以上に達する積雪深となった。このため、先述のように、各地で雪下ろしなどの作業中の事故で亡くなる方が続出したのであった。
さて、JPCZのことである。このJPCZなる学術用語は、1987年10月15日に札幌で開催された日本気象学会秋季大会シンポジウム「“どか雪”-日本海における中小規模じょう乱」で、当時東京大学海洋研究所教授であった浅井冨雄先生の講演「日本海豪雪の中規模的様相」の中で提案された(参考文献ー1)。
浅井先生は、寒帯気団(高緯度域で形成される冷たい大量の空気塊のこと:筆者注)内部で、「朝鮮東方海上では沿海州からの北よりの風と朝鮮半島からの西(北西)よりの風とにより収束帯が形成される」とし、「これら収束帯はグローバルな熱帯収束帯(ITCZ)に比してローカルな現象であるが、それを日本海寒帯気団収束帯(Japan Sea Polar Airmass Convergence Zone、異称JPCZ」と呼ぶことにする」と述べた。
熱帯収束帯(ITCZ:Intertropical Convergence Zone)とは、全球を一周するようにできている赤道域の収束帯のことで、ハドレー循環と呼ばれる南北循環の上昇域のことをいう。太平洋では赤道の真上ではなく北緯5度から10度付近に位置し、雲画像で見るといつも雲がかかっている状態となっている。浅井先生はこの収束帯とのアナロジーでJPCZと名付けた。
どうして日本海を横断するように収束(ぶつかり合う)する風の場となるのかについては、シベリア域からの北西の風が、ロシアから北朝鮮にかけて走る白頭山を含む長白(チャンパイ)山脈を南と北の二つに迂回し、日本海上で再び合流するためと説明される。この風がぶつかる場所が収束帯であり、朝鮮半島付け根の東側から南東に伸びて日本海を横断し、最終的に日本列島に達する。収束帯の東端は、本州の島根県付近から新潟県までのどこかに位置することが多い。
日本海上では、空気には対馬海流の暖水で覆われる海域から熱と水蒸気が供給され、この空気は収束帯で上昇することになる。上昇した空気の温度は気圧の低下とともに膨張することで低下する。気温の低下により空気は水蒸気を保持できなくなるため、水蒸気は凝結し水粒や氷粒となり雲ができ、最終的には降水や降雪が起こる。
さて、JPCZを低唱した浅井冨雄先生のことである。先生は京都大学の大学院生時代から「『豪雨の数値予報』を夢見て当時未だ手つかずの『対流』の研究に頭を突っ込んでしまった」のだそうだ(参考文献-2)。そして就職した気象研究所で、1963年1月の「三八豪雪」に端を発した「北陸豪雪特別研究」(1963-1967)に従事することになる。ここで日本海上に出現する中規模渦擾乱と降水・降雪の関係について研究を行う。この研究の中からJPCZに関するアイデアが生まれたのであろう。
先述の繰り返しになるのだが、先生がご自分の研究を振り返った文章(参考文献-2)の中から、JPCZ命名についての部分を以下に引用する。
「日本海西部海上と北海道西方海上では、寒気団内にしばしば気流の収束帯とそれに伴う帯状雲が見られる。これらの収束帯はグローバルな熱帯収束帯(ITCZ)と対比すると極めてローカルな現象ではあるが、日本海上で寒気団内に見られる収束帯という意味でそれを日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)と呼ぶことにした。」
浅井先生は、東北大学での私の恩師である鳥羽良明先生(1931-2022)と京都大学理学部地球物理学教室の同級生である。また、鳥羽先生が主査となった、日本のWCRP(世界気候研究プログラム)課題の一つであるOMLET(海洋混合層実験研究:1987—1991)にも参加してくださった。そのような背景もあり、私も親しくお付き合いをさせていただいた。また、気象庁のある委員会の会長を、浅井先生の後任として私が務めるというご縁もあった。いつも泰然とし微笑みを絶やさない温和な浅井先生であったが、残念ながら一昨年、92歳(1932-2024)の生涯を閉じられた。
【参考文献】
【参考URL】