コラム

海洋瑣談(No.23、2026年4月15日)

気候全体の落ち着きを願う-気象神社

 私の連れ合いは2017年11月から2年間、長年住んでいた山形を離れ、杉並区の高円寺のアパートで暮らした。このアパートから中央線高円寺駅へ向かう途中、駅に着こうかというところに氷川神社がある。そしてこの神社の一角に、気象神社が併設されている。

 気象神社は、私は観ていないのだが2019年に公開され大ヒットしたアニメ映画「天気の子」に登場したことで、ファンにとっての聖地になったという。さらに、2024年11月には、私もよく観ているNHKテレビ番組「ドキュメント72時間」で「気象神社 晴れを願って」として取り上げられた(参考URL-1)。このようなことがあり、気象神社の存在は多くの人に知られるようになり、そのためか、最近気象神社のマスコミへの露出が多くなったような気がする。

 実際、私が購読している毎日新聞では、今年1月29日(木)朝刊の東京地方版で「高円寺を天気の街に/杉並・気象神社 個人や企業、参拝に列/神職は気象予報士『世界に広めたい』」の見出しを持つ記事が掲載された(参考URL-2)。禰宜(ねぎ:宮司を補佐する職位)の紺谷大進さんが気象予報士の資格をとって、「高円寺を天気の街へ」とするため、大奮闘している様子などが報告された。

 つい最近でも、4月11日(土)朝刊の東京地方版の「街角 ことば拾い」の欄で、「『晴れました。ありがとう』/杉並区高円寺/空を見上げて」の見出しを持つ記事が掲載された。花谷寿人記者の記事である。気象神社を訪れた人や、禰宜の紺谷さんにインタビューした内容が紹介されている(参考URL-3)

 氷川神社の一角にある気象神社がどうしてその場所にあるのかについては、気象神社のウェブサイトに記載されている(参考URL-4)。それによると、気象神社は、当初杉並区馬橋(現高円寺北4丁目)にあった大日本帝国陸軍気象部の敷地に1944年4月に設営された。気象条件は軍事活動に重要であったことから、科学的根拠に基づいて予報をしていたものの、予報官が予報の的中を祈願するために設けられたという。

 戦後、1945年12月に、GHQは政教分離を目的に「神道指令」を発出した。気象神社はこれにより撤去される予定であったが、調査に漏れがあったため残存することとなった。その後1948年になり、高円寺氷川神社の宮司が気象神社の受け入れを決め、現在の場所に遷座された。

 気象神社の御祭神は、「八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)」で、名の「八意」は「様々な立場から考える」を、「兼」は「兼任」を表し、「一人で二人以上のことができる」という意味で、多くの人間の知恵を一同に結集させることができる「知恵の神様」とされている。

 神話によると、太陽神である天照大御神が天の岩戸に隠れて世の中が暗闇になった時、岩戸を開けて天照大御神を外界に戻す知恵を考え出したのが八意思兼命である。結果として天照大御神は岩戸から出ることになる。すなわち、世界は再び「太陽」を取り戻すことが出来たのである。このことから八意思兼命は「気象の神様」と祀られるようになったという。

 先のNHKドキュメント72時間や新聞記事によると、気象神社を訪れる人は、気象予報士の合格祈願などがあるものの、多くは「雨男」や「雨女」の脱却祈願や、新婚旅行、花火大会、アイドルグループの野外コンサート、野球の試合などの晴れ祈願が多く、「晴れました。ありがとうございます」の絵馬も数多く並んでいるという。ちなみにこの絵馬は下駄の形をしている。その理由は…、いうまでもありませんね。

 さて、花谷記者の「街角 ことば拾い」の記事である。記事の最後は次のように締めくくられている。「映画(筆者注:アニメ映画「天気の子」のこと)の公開から7年。紺谷さんは『個人の大切な日への願いだけでなく、気候全体の落ち着きを願う人が増えてきました』と語る。(段落)人は空を見上げ、あすのために祈る。」

 紺谷さんの「気候全体の落ち着き」なる表現は、すとんと腑に落ちますね。言い得て実に妙です。現在、多くの人がこう感じつつあるようです。落ち着きをなくさせているのは、とりもなおさず地球温暖化です。その抑止は、まさに待ったなしで取り組むべき課題ではないでしょうか。

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