海洋瑣談(No.25、2026年6月15日)
この夏に「スーパー」エルニーニョが発生するらしいとの報道が、先月(2026年5月)中ごろから国内外のテレビや新聞などでなされている。エルニーニョ下の日本の夏は冷夏になりやすい傾向があるものの、温暖化の進行が勝っているので今年の日本の夏は厳しい暑さになるだろうとの見方もだされている(参考URL-1)。
このような報道の基となったのは、5月中旬に気象庁や世界気象機関(WMO)などが相次いでエルニーニョに関する予測情報を公表したためである。
気象庁は5月12日(火)、「エルニーニョ監視速報(No.404)」を公表し、「今後、夏までにエルニーニョ現象が発生する可能性が高い(90%)」とした(参考URL-2)。モデルで予想したエルニーニョ監視指数(説明は後述)の今後の推移の図は、海面水温の平均値からの偏差が、この11月には2℃から3℃に達する強いエルニーニョが発生する可能性を示している。
5月14日(木)には、米国海洋大気庁(NOAA)気候予測センター(CPC)が、5月から7月にかけて確率82%でエルニーニョが発生し、96%の確率でこの冬(12月から来年2月まで)も継続するだろう、との予測を公表した(参考URL-3)。モデルで予想したNino3.4(説明は後述)の平均値からの偏差の今後の推移の図は、2℃を超えるエルニーニョが発生する可能性を示している。
ここで気象庁のエルニーニョ監視指数や、NOAA—CPCのNino3.4(「ニーニョthree-point-four」と読む)を説明する必要があろう。エルニーニョは自然現象であるので、毎回違った様相をみせる千差万別の出来事である。しかし、エルニーニョはこのような状態になったときに発生し、このような状態になったときに終焉したとの共通の認識を持っておくことが望ましい。エルニーニョを定義しておくことである。
気象庁のエルニーニョの定義は、「エルニーニョ監視域(北緯5度から南緯5度、西経150度から西経90度、国際的にはNino3と呼ぶ)の海面水温の平年値からの偏差(ずれ)の5か月移動平均値が+0.5℃以上の状態が6か月以上持続した現象」のことである。この海面水温の偏差を「監視指数」と呼ぶ。ちなみに、平均値より—0.5℃以下の現象のときがラニーニャである。
エルニーニョは通常太平洋赤道域の西側に蓄積されている暖水が中央部から東部へと移動する現象であるので、偏差は正の偏差になること、また、偏差が大きければ大きいほど強いエルニーニョであるとみなすことができる。
一方、NOAAの定義は気象庁の定義とは少し異なっている。まず、NOAAが監視している海域はNino3.4と呼ばれる海域で、北緯5度から南緯5度、西経170度から西経120度と、気象庁の監視域よりもやや西側の領域である。偏差の基準は同じであるが、連続する3か月の偏差が5か月以上継続し、大気の状態も典型的なエルニーニョの兆候を示したとき、としている(参考URL-4)。
それぞれの定義はそれぞれの考え方があってのことで、どちらが正しいということでもない。さらに、これが研究者のエルニーニョの定義となると、これらとも異なるものも用いられている。
さて、今回のエルニーニョ予測であるが、上述のように気象庁やNOAAが用いた数値モデルの予想が、計算した事例の多くで偏差が気象庁であれば冬季に2℃から3℃、NOAAでは1.5℃から2℃と、通常のエルニーニョよりも大きな偏差となること、つまり強いエルニーニョになることを示していた。気象庁もNOAAも「スーパー」なる修飾語をつけていないのだが、報道では特に「スーパー」なる形容詞をつけ、強いエルニーニョになることを強調したのである。
「スーパー」エルニーニョなる用語は、前回のエルニーニョである2015年(2014年から発生していたとする研究者もいる)から翌年にかけて発生した強いエルニーニョ(2015/16エルニーニョ)を対象とした研究で多用された。さて、それ以前はどうだったのか、Google Scholarを用いて調べてみた。
その結果、おそらくこの論文が最初に用いたのだろうと思われる論文を探すことができた。台湾の研究者2名とエルニーニョの研究で著名な米国の研究者1名による2014年の共著論文「A Southern Hemisphere booster of super El Nino」である(参考文献-1)。
彼らは、1952年から2010年までの18回のエルニーニョの中で、3回のエルニーニョ(1972/73、1982/83、1997/98)が抜きんでて大きいとして、これらを「super El Nino」として分類した。そして、「合成図解析手法」を用いて、一般のエルニーニョとスーパーエルニーニョの違いを議論したのである。その結果は、論文題名が示しているように、スーパーエルニーニョでは、南半球オーストラリアに高気圧性循環ができて、これがブースターとなってエルニーニョ発達時に暖水上の対流を活発化させるように働くため、強いエルニーニョとなると指摘した。
この論文は、2014年に公表されたもので、2015/16エルニーニョの発生前である。この論文がきっかけとなって、同じように強かった2015/16エルニーニョを対象とした研究に「super El Nino」なる用語が多用されたものと思われる。
ところで、この論文の中に私たちの論文が引用されていることを知った。現在、海洋研究開発機構(JAMSTEC)にいる堀井孝憲さんとの共著論文である。堀井さんの修士論文を英文化したもので、エルニーニョの発生時期は春と秋のタイプに大別でき、発生時期によって強度なども分類できるとの内容である。Google Scholarではこれまで93回引用されたとあるので、多くの研究者を刺激した論文となったのではなかろうか。
なお、気象庁やNOAAの発表資料を見ると、私もエルニーニョの発生は100%確実であり、かつ、強い部類のエルニーニョとなると予想する。その大きな根拠として、まず赤道域西部に蓄積された暖水が通常よりもかなり多かったことが挙げられる(2025年11月、エルニーニョ監視速報No.399の図5参照)。この暖水が12月ごろから徐々に東側に移動し始め、4月には移動している暖水の中心部分が日付変更線を超えて西経150度に既に達したとみることができる(No.404 の図5)。今後、赤道域中央部から東部にかけての海面水温偏差が大きくなり、エルニーニョの定義としている閾値0.5℃を超えるのも時間の問題であろう。
エルニーニョの発生は、発生年から翌年にかけて、世界の平均気温を0.1℃~0.2℃程度上昇させる。このようなこともあり、今年は世界平均気温の記録を更新するのではないかと懸念されている(参考URL-5)。
【参考文献】
【参考URL】