コラム

海洋瑣談(No.26、2026年7月15日)

国民の祝日「海の日」

 7月の第3月曜日は、16ある「国民の祝日」の一つ、「「海の日」である。今年は7月20日であり、1996(平成8)年に制定された海の日の当初の日付とたまたま一致した。海の日は、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」日とされ(参考URL-1)、様々な行事が各地で行われる。

 制定当初、海の日が7月20日とされたのは、1876(明治9)年、明治天皇が東北・北海道地方を巡幸した折、従来の軍艦ではなく灯台視察船であった「明治丸」に青森港から乗船し、函館港を経て7月20日に横浜港へ安着したことにちなんでいる。

 1941(昭和16)年に、7月20日は「海の記念日」とされた。その後、1960年代に入り、日本船主協会や日本造船工業会などの海事関係団体が、「海の日」の祝日化運動を始めたという。1996年の制定に向けた長年にわたる運動については、(公財)日本海事広報協会のウェブサイトの「海の日について」に詳しく述べられている(参考URL-2)

 なお、明治天皇が乗船した明治丸は、明治政府が灯台視察のために英国の造船所に発注した船であった。1874(明治7)年に竣工し、翌年横浜港へ回航された。明治丸は最新鋭の大型鉄船であり、灯台の視察ためだけではなく皇族方が利用する「ロイヤルシップ」としても使われたという(参考URL-3)

 およそ20年の間、灯台視察船として活躍した明治丸は、1896(明治29)年に現東京海洋大学の前身の一つである「商船学校」(旧東京商船大学の前身、現東京海洋大学)に譲渡され、以後「係留練習船」として使用された。なお、1923(大正12)年の関東大震災や、1945(昭和20)年の東京大空襲では、被災した多くの住民を収容したこともあったという。

 明治丸は東京海洋大学越中島キャンパス内に保存されてきたが、1978(昭和53)年に現存する唯一隻の「鉄船」(現在の船はすべて鋼船)で、鉄船時代の造船技術を伝える貴重な遺産として国の重要文化財に指定された。また、老朽化が進んだため、2013(平成25)年から1年半の間、大規模修復工事が行われた。

 越中島キャンパスには明治丸と明治丸記念館があり、学外の方も自由に観覧することができる。清澄通りに面した大学正門から入り、真正面に立つ荘厳な建物1号館の右手に回ると、白い船体に3本のマストを持つ、流麗な明治丸を見ることができる。また、船内に入ると、ゆったりとした豪華な内装を楽しむことが出来る。なお、記念館は開館日が定められているので、開館の有無をウェブサイトで確認して訪問されたい。

 東京海洋大学越中島キャンパスでは、毎年「海の日記念行事」を開催している。今年は当日の10時から16時までの予定で、明治丸シンポジウム、明治丸・百周年記念資料館・明治丸記念館の特別公開、研究紹介、体験学習、プラネタリウム上映など、多彩な行事が行われる予定である(参考URL-4)

 さて、「海の日」の日付の話である。この間、働き方改革の一環として、祝日を月曜日に移し、人によっては土・日・月の3連休となるよう、いわゆる「ハッピーマンデー制度」が導入されてきた。実際、2000年からは「成人の日」(元は1月15日)と「敬老の日」(9月15日)とが、2003年からは「海の日」と「スポーツの日」(10月10日)とが、月曜日に移動することとなった。

祝日を月曜日に移動することを、上述のように一般には「ハッピーマンデー制度」と言われている。まとまった休みが取れる方がみんなにとってハッピーだろうとの想定である。ところが、実は大学の教務関係者にとっては、おおげさなのだが「アンハッピーマンデー制度」なのである。月曜日に休日が集中するため、曜日通りの学事歴では、セメスター(2期)制であれば、1セメスター当たり15回(もしくは16回)の授業(プラス試験時間)日数が確保できなくなる。

 実際、今年を例にとると、月曜日が休日(祝日と振り替え休日)となるのは7日にもなってしまう。それに対し、火曜日と水曜日が4日で、木曜日と金曜日はたった1日である。来年は、月曜日が6日、火曜日から木曜日までが3日、金曜日が1日となる。

 そこで大学は、どの曜日も同程度となる授業日数を確保するため、〇月✕日は△曜日なのだが月曜日授業を行うなどと、年度当初に決めて教職員や学生に周知することになる。しかし、学生や教職員の中にはこれを忘れてしまい、当日、悲劇や喜劇が起こることも…。

 ハッピーマンデー制度は、大学教務関係者にとってアンハッピーマンデー制度であるとおおげさに書いたが、他のどこかにひずみは出ていないのだろうか。この原稿を準備しながら、ふとそんなことが頭に浮かんだ。

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